「聖女を守りたい」
この世の中、薄汚い人間が溢れている・・・
綺麗事を並べる正義面の大人たち、俺はうんざりしている。
人間を嫌い、尊敬どころか、信用・信頼できる大人とも出逢っていなかった。
今、その言葉に少しだけブレーキを掛けるチカラが働く・・・
聖女を守りたい。
大学で政経を専攻する俺、祖父は地元の市議会で議長をやった人。今はいない。
父親は小さい不動産屋をしているが、政治にも“正義”にも興味はない。
母はどこにでもいそうな主婦だ。俺は兄弟がいないせいか、自分でも静かな人間だと思う。
大学生になるまでの俺の人生も、何も特記するような出来事のない地味な人生だった。
人が苦手だ。嘘や悪が許せない。
聖職者と言われながら自分勝手な教師や塾・習い事の先生たち。
自分の両親も含め、他人への配慮や“正しさ”とは無縁な環境だった。
俺はそれがどうにも嫌だった。
“俺の事を考えてくれ”と言うのではない。“他人の思い”を想像して欲しい。
もうそれを大人たちに求める事を諦め掛けていた時だった・・・
店(店舗兼住まいの不動産屋)に来ていた亡き祖父の親友だった人から、
父は頼み事をされた。俺をしばらく貸して欲しいという内容だった。
そしてその話が俺に来た。“了承済みの話”として。
内容は、県議会議員の選挙事務所スタッフだった。
一応真面目に講義には出ていたので、大学に関しては余裕があったし、
父と違い、俺は祖父がやっていた政治活動にも興味を持っていた。
まぁ、父もどこかでそれに気が付いていたのだろう・・・
それに、その老人(祖父の親友)は父が怖がる人で、いつも言う事を聞く。
俺や母には優しい人なのだが。
今回二期目を目指す現職の県会議員の女性の事務所スタッフとして。
34歳独身で、若くに事故で両親を亡くし、親戚の元で苦学して司法試験突破。
大学卒業後に弁護士を経験した後、県議会選挙に出馬し、見事初当選。
弁護士時代から女性の人権(特に職場)や、企業の不正告発の原告側に立つなど、
その正義感は地元でも有名だった人。
大学時代には仲間から勝手にミスキャンパスに推薦されるも、
選抜候補に入っているにも関わらずに辞退する程、“女性”を晒される事が嫌いな人物。
そんな彼女の経歴を聞き、ネットでも調べながら、俺は興味深かった。
普通の議員の下で働くのだと思っていたが、本当に“正義”があるのか、
政治の中に正当性など大切にされるのか、とても興味がある。
小さい。
言われた場所に行ってみると、これが選挙事務所かと言うほどに狭く小さい。
いくら野党側の弱小政党だとしても、現役議員の事務所とは思えなかった。
スタッフも少ない。秘書らしき人物を除いて、年輩・大学生で5人ほど。
それぞれ日時が違うので、事務所には3人いればいい方。
前回と違い、今回の選挙は大変厳しい。というか、今の状況では落選の可能性大らしい。
会ってみるとその女性議員は感じが良い人で、何より清潔感があるし言葉が伝わる。
スタッフへの気遣いも忘れないし、今事務所に帰ったと思えばすぐに出て行く・・・
それでも嫌な顔・疲れた顔などしないし、そこでもスタッフを気遣う。
知り合いなどが事務所に差し入れ等を持ってくると、それを丁重に断わり、
事務所前まで見送り、深く頭を下げて見送る人。
声を嗄らし、ゆっくり食事を採る事もない。それでも、
白く輝くスーツを身に纏い、黒いパンプスで颯爽と歩き有権者の元へ・・・
駅前演説などでは、俺もパンフレットなどを配るが、彼女の女性人気は高い。
逆に、年配の男性などは、彼女には冷たい目やいやらしい目を向ける人も多い。
先生が若く美人なせいか、講演会や企業の宴会に顔を出すと大変だ。
県議会では特に、その地方の有力企業や団体のチカラはとても大きい。
嫌だと思っても、所属する党の方針も含めそれを断れない。
俺も何回か御一緒した事があるが、権力ジジイたちはスケベばかりだ。
先生に酒を飲ませ、そして必ず体を触る。
女性を売りにする人物ではないのに、権力ジジイはお構いなしだ。
帰ろうとする先生に近づき、後ろから先生の胸を掴む奴や、
内緒話の振りをして、先生にキスをする奴。尻を掴む奴・・・
それでも先生は我慢している。
正義の為に、この邪悪を避けようとはしない聖女。
選挙戦も終盤に入ろうとした頃だっただろうか・・・
事務所に見慣れないスーツの男性が二人訪ねて来た事があった。
“与党重鎮の県庁発注工事の裏金問題”に関して、先生に話をリークすると。
先生はその男たちと事務所を出て、タクシーでどこかに出て行った。
俺はその日の夜、事務所の書類を届ける事を秘書さんから頼まれて、
先生の住むマンションに届けに行った。
しかし、入口エントランスのインターホンを鳴らしても不在で、俺は帰ろうとした。
マンション前にタクシーが到着し、白いスーツの女性が降りて来た。
疲れているような足取でフラフラしながら、そして胸元を押さえている・・・
「先生!」と俺は声を掛けたが、最初は反応がなく、
少し強めに言うと、驚いたような顔で「どうしたの?!」と俺に答えた。
近くに寄ると、スーツも髪もくしゃくしゃになっていて、唇の横に血が見えた。
「先生、どうしたんですか?!」と俺が言うと、
「何でもない。今日は帰って・・・」と先生は俺に言った。
書類だけ渡して俺は帰ったが、先生の表情と身なりを見れば何かがあった事は分かった。
あくる日、先生は体調不良と言う事で事務所にいなかったが、
昼過ぎになって事務所にやって来た。俺の顔をチラリと見ながら、
「昨日から体調が悪くて・・・ 顔はぶつけるし・・・」と笑っていた。
裏金問題が問われる事もなく、そして先生は落選した。
後半の選挙活動には元気もなく、“あの先生”とは明らかに違っていた。
その理由が表沙汰になったのは1か月近く時間が過ぎてからの事だった。
大騒ぎになったのだ・・・
“先生が複数の男たちとベッドで、そして全裸で・・・”
しっかり見れば、先生の口元に傷があり、本当にチカラを失った顔をしている。
明らかに男たちにまわされた状況だったはずだ。
しかし、先生は言い訳などしなかったし、普通の人はそこまで考えない。
事務所の片付けも終わっていたし、先生は完全に公の場所から姿を消していた。
心配になり、俺は先生のマンションを訪ねた。
留守。次の日も留守。そして次の日も。
大丈夫だろうか・・・
俺は不安に支配されていた。
数日経って、やっと先生はインターホン越しに小さな声で反応した。
俺は先生の心中を察し、「果物だけでも召し上がってください。扉前でいいので」と、
外の人間には会いたくないであろう先生に果物だけ届けた。
その夜、先生は電話をくれた。
「疲れちゃった・・・」と泣いている声だった。
俺は、「先生、しっかりして下さい!」、それしか言えなかった。
心配になり、次の日も食品や雑誌を持って先生のマンションへ出掛けた。
先生は部屋の扉を開けてくれたが、電気も付けない部屋から出てきた先生は、
憔悴しきっていた。
俺は、初めて「心が痛む」という気持ちをそこで知った気がした。
あの白く輝くスーツの、どこまでも正義のチカラを感じさせた先生が・・・
元々痩せ型だった体系もさらにやつれ、完全にか弱い“ただの女”になっている。
俺を迎い入れた後、部屋の片隅に小さく座る彼女は、下を向いて泣いていた。
たまらずに俺は、「先生、なぜ何も言わないんですか?!」
「先生は少しも悪くないでしょ!」と先生に投げかけた。
「私・・・ チカラ無かった・・・」
「騙されて・・・」
先生は苦しそうに言った。
俺は「もういいですよ。何で先生が苦しまなきゃいけないんですか?!」と返し、
先生の前に座り、先生を抱きしめた。
長い時間、ただただ泣いて、そして「ありがとう」とだけ言った。
少しずつ時間は過ぎ、俺は先生の部屋に通い、慣れない料理も作ったりした。
一緒に食事をするうち、先生は笑うようになった。穢れのない笑顔。
この人は俺にとって“聖女”だ。
抱きしめる事は出来ても、抱く事など出来ない。そうさせない。
“俺にとっての聖女”
俺はこの人を汚した奴らを許せない。その正しい心を汚した奴らを許せない。
きっとこの人にまた、あの白く輝くスーツを着させる。
そして優しく、でも颯爽と歩く彼女を・・・
何年掛かろうとも、俺は聖女のそばにいる。
どうしても聖女を守りたい。
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