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「“トゥーフィンガ”」





毎年春になると思い出す事がある。祖父との思い出だ、たった一回だけの。
その年に成人式を迎え、2月が誕生月の私を3月の終わりに飲みに誘ってくれた。
もう四半世紀も前の話だが・・・
いつも無口で他人に興味がなく、家族さえ知らん顔な祖父だった。
私に何回もあった誕生日に祖父が関わった事はないし、それは成人式さえそう。
もうこの家を出るまで個人的な関りなどなく終わって行くと思っていた。
嫌いなわけじゃない。家族に対し私に対しただ興味がないのだと思っていたし、
そうなればこちらもそんな距離感になるものだ。
そんな祖父が突然私を誘って来た、あの春の日。
結果的にはその年の秋に祖父は突然他界してしまったので、
私には余計に鮮明な記憶を残す事になった気がする。
祖父は私に何を思っていたのだろうか・・・
何を伝えたかったのだろうか・・・
今も分からないままだ。でも、一つだけ祖父から譲り受けたものがある、
“ トゥーフィンガ ”
その言葉、意味、私の財産にさえなった。
最後まで私の中で得体の知れない存在のままだった祖父との特別な日の思い出の話。


あの店の場所、どこだったのか。大体の場所しか覚えていない。
確か言門陸橋と駒方陸橋の真ん中あたりにある店だった。
“ウィスキバー・ボトルボーイ”という名のとても鄙びた店で、
駅近くにあるわけでも大通り沿いや商店街にあるわけでもなく、住宅街でもない。
それこそ卸問屋や豆腐屋があったかと思えば民家や小さな公園があったり、
その店がそこに存在すること自体が少し不思議な感覚だった事を憶えている。
白髪交じりで口髭まで白いオールバックのマスターが一人カウンター内にいる店。
店内一杯の幅の長いカウンターだが、両側にボトルや小間物が無雑作に置かれていて、
実際に座れるのはマスター前になる座席の5席程度だ。
その後ろに二人掛けが少し離れて2組あったが、その日は使っていなかった。
赤黒だったと思う、マスターはチェックのベストを着ていて、
まだ青く何も知らなかった私にとって、祖父、そして祖父と同じように老いて見える
マスターの存在、さらに年季の入ったベルベット調の高椅子、
色が褪せ傷を重ねたカウンター、店内の匂いと相まって随分大人びて感じたものだ。

祖父はそれまでに見た事がないパリっとした衣裳を身に纏いよそ行きだった。
普段解かさない髪を解かし、その表情さえどこか緊張感を感じさせるもので、
それはいい意味での“男のプライド”のような物を感じさせてくれた。
私をカウンターの中央、マスター前に座らせて、祖父はその右隣に座った。
祖父は自分の腰が座席に落ち着く前にマスターに注文を入れる、
「俺は・・・  ○○○○○○のトゥーフィンガ、
(私を見て)こいつは・・ 国産の・・ “マル”でいいな、水割りで!」
カッコいいと思った。その見た事のない言い方・表情の祖父の姿、私は感動していた。
その初老のマスターも静かに“はい かしこまりました”とだけ言って、
手慣れた仕事ぶりを見せてくれる。
祖父が注文した銘柄が何だったのか憶えていないのだが、洋酒だった事は間違いない。
その頃はもう国産ウイスキーも充分高品質になり一般化していた時代だと思うが、
祖父が昔気質なのか、それともその味への拘りなのか・・・
ただ、その祖父の注文を受けたマスターの懐かしそうなと言うか、
少し嬉しそうなと言うか、そのやわらかい表情は今でも鮮明に記憶に残っている。

“トゥーフィンガ” 
今の言葉で言えば・・・  と言うよりも普通に言えば “ツーフィンガー”だ。
だが、祖父の発したその“トゥーフィンガ”が何とも輝いていて心地よかった。
私もその時期にはまだ“ツーフィンガー”も知らなくて、祖父の言葉の正誤は後の話。
いや、正誤ではない。きっと時代・文化・個人の価値観、間違いなんてない。
むしろ直感的と言うか発音にダイレクトで、活字依存で意味合いを解釈する現代より、
ずっと色気があるような気がする。
実際、あの店の雰囲気・マスターの漂わせるもの・祖父に感じた振る舞いの美学、
どれも正誤なんて枠とは違うところにあるものだろう。

そう、“トゥーフィンガ”だ。
“シングル” “ダブル”  そんな言葉は酒を知る以前の私でさえ知っていた。
父親の晩酌を見ていたからだ。
その世代のウイスキーはストレート飲みかロックが基本で、
“水割り”なんて馬鹿にされたと聞いた事がある。
今じゃウイスキー派が少数で、圧倒的に焼酎派が多くなってしまった。
まぁそちらでも好きな人間はストレートでありロックなのだが。
人差し指・中指、その二本の指をグラス底に当てた分量がツーフィンガー。
意味合い的には“ダブル”でいいのだと思うが、酒飲みには美学があるのだろう。
アルコールがあまり合わなかった私は祖父や父の世界を知らない。
当時、父は父で竹屋デパートの近くにあった酒場へ“瓦斯ブランデ”をよく飲みに行った。
“ガスのように、知らないうちに毒がまわる(酔いがまわる)”の意味らしい。
共に酒好きのくせに、二人は晩酌どころか会話も滅多に噛み合わない。
だからバーのカウンターなんて、それも“トゥーフィンガ”の祖父に衝撃を受けた。
でも・・・  私の中に残ったのは酒の事ではないのだ。


その日私の右隣に座った祖父は見た事のない笑顔を見せていた。
普段無口な祖父が、酔いのせいも少しはあるのだろうがいつになく饒舌で、
やや前のめりの姿勢でカウンターを覘きながら私に話をしてくれた。
それは一見酒の話のようでいて・・・
「こうグラスに指を当てるだろ?!  一本ならシングル、二本ならダブルだ。
   二本なんだよぉ~  解るか?!  二本ってのが大事なんだ!」
私にはその笑顔で話す祖父が酔いで抽象的な話になっているのかが分からない。
でも私の反応にスルーするように続ける。
「下に中指をしっかり回し添わせるように。ここがベースだ、大切なんだ。
   そして人差し指、ただ中指の上に載っているだけに見えるだろ?! でも違う。
   しっかりと隙間なく中指に添わせるように載せ、その後なんだ。そこからだ・・・」
私に近づいて見た事のないような熱気のある弁をふるう。
「中指がしっかりしていれば、もう人差し指は自由だ。自由に遊びまわれるんだ。
   伸び縮みしてもいい、横に逸れてもいい、先端で探し物が自由に出来る」
祖父は自分のグラスに指を当てながら私に実演して見せる。
さらに続く、
「人差し指が自由になった。実はもう中指の方も自由になれる。
   人差し指に遠慮はいらない、もう中指も自分だけで暴れまわっていい、
   人差し指に負けず、先端の全神経を研ぎ澄まさせて感じ取れる」
私には世界が深過ぎて語感から何かを繋げる事が限界だった。


「人差し指・中指、指二本、これを横にだけ使っていては宝の持ち腐れだ。
   上向きに、時に下向きにして使うようになれ、そうなれば一人前の男だ!」
祖父はそう言ってグラスに残っていた今までで一番多い量のウイスキーを飲み干した。
グラスを磨いているマスターが私たちを見る事はないし会話に分け入る事もないが、
その横顔は祖父の話に同意・相槌を見せていた。
男の話だ、つまり女の話。それはまだまだ経験不足の私にも伝わる。
つまり“指使い”の話。
その時はまるでその意味合いを吸収するには程遠かった私だが、
もう祖父が他界して遥か年月が過ぎてやっとその意味を理解するに至った。
そしてそれは財産になっていた。少し言い方はオーバーかもしれないが。

毎年春になれば祖父とのバーでの出来事を思い出すわけだが、
それを思い出す事はそのまま“トゥーフィンガ”を思い出す事だ。
毎年思い出されるそれはいつしか私のバイブルとなっていた。
厳密に言えばいつでもその“ヒント”という事。
彼女が出来る度、そしてその彼女が変わる度に私をそのヒントが育てた。
指、たったそれだけの事だ。それも祖父が私に直接伝えたのは人差し指・中指の二本の事。
だが・・・  その必要にして最低限の情報・暗示こそが私を導いてくれた。
指は両手で10本ある。片手だけでも5本に役割があるのだが、祖父の言った通り、
女性を相手にした時に基本となり、そしてそれが応用されるのもこの二本なのだ。
だからこそ、基礎の大切さ、そしてその基本あっての拡張性を伝えていた。
二本の指はたった二本でありながら無限の可能性を秘めている。
出し入れ、密着、探り、引き寄せ、振動、開き・・・
その組み合わせ・強弱を含めて、本当に無限の可能性を持っている。
たかが、されどたった二本の指に秘められた可能性は本当に偉大なのだ。

今、私と女房は家庭内別居の状態だ。もうこうなって3年近くになる。
元々反りが合わない。会話も少なければ選び方全てが互いに気に食わない。
だが・・・  それでも、そんな私たちだが、月に1.2度の体の関係だけ続いている。
妙な話かもしれないが、女房が私と一緒になったのも、
こんな離れた距離感を続けながらも離婚という形になっていないのも、
実は体の関係だけがずっと続いているからなのだと思う。
若い頃に初めて女房と体を交えた夜に、彼女は絶叫して果ててくれた。
そしてマンネリ化する私たちの性行為ではあっても、それでも、
そして今でも大量の愛液で応えてくれる。
まぁ、もう私たちも年齢を重ねた、私が、そして女房がいつ不能になるか分からない。
早々に性的興味が尽きてしまうのかもしれない。
それでも感謝している、私の指使いにずっと応えて来てくれた女房に。
そして・・・  この技をヒントとして私に授けてくれた祖父に。




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