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「官能書きの館“340”」





富士ノ原中央2番地、通りから一歩奥まった場所に古びた洋館がある。
一応1階部分を利用して喫茶室を営業しているのだが、訪れる客は常連ばかり、
それも怪しい風貌の男ばかりなのだ。
まったく視線を合わせない男、2.3時間タイピングし続ける男、
薄汚れたブックカバーに包まれた本をニヤケ読む男。
それでいてどの男からも共通する独特の雰囲気が漂い、そこだけが一致している。
けっして客に触れず干渉せず、ただただその場を提供しそこに佇む店主。
客と客がそれぞれ同じ空間に同居しただけ、店主にしてもその場を提供しただけ、
その見えない接点のようなものだけで繋がっている不思議な世界観がある。
まったく違う方向を向こうとも、そこに同居する事にさえ無関心であっても、
それでも彼らは“340”という空間で時間を過ごしている。
拘りや熱量が違えど、彼らは皆、“物書き”なのだ。

女を犯す描写に特化した作品を書く者。
女の肉体に強い拘りを持ち、それに執念を込めて書く者。
年齢を重ねた女性が匂い放つ魅力を綿密に書き上げる者。
自分の近い場所にいる女性に感じられるエロスに強く執着して書く者。
まだ汚れを知らない幼い魅力に憑りつかれ書く者。
肌着や水泳着の世界に特化した作品を書き続ける者。
コーヒーの香りだけでない、独特の空気が店内に漂っている。

“喫茶室”という看板は簡潔でいて曖昧だ。
コーヒーを出そうが紅茶を出そうが、サンドイッチもパスタも出せる。
会話があってもいいし、ただ本や新聞を読み耽る時間を過ごしてもいい。
“官能小説”という看板も何とも簡潔でいて曖昧だ。
抽象的で柔らかい文学作品のようなものから、まるでノンフィクション、
リアルにしてドス黒い作品まで、またはそれをも超えた作品でさえ入り込む事がある。
普通に家庭や職場で共有される事などあり得ない世界ではあるが、それでも、
その怪しい喫茶室・怪しいジャンルは細々と隠れながらも存在している。
女を裸にし、その女にセックスさせる世界観、
時に強姦、それどころか輪姦という形で男たちに乱暴に抱かせる事もある。
時に都合よく、女性作家は優しく抱かれる女・抱く男を、そして男性作家は
優しく抱く男・抱かれる女を書いてみたりするのだが・・・

“340”に来て普通にコーヒーを注文し肉感的な女性の姿を書き上げる者。
気まぐれにミルクティーを注文し退屈な人妻の世界を書いてみる者。
日替わりランチのミートソースを注文しスカトロに挑戦する者。
らしくないケーキセットを注文し、二回りも離れた異性との甘い時間を描写する者。
色々な書き手が各々の思うまま信じるままに書き上げる世界は面白い。
類似品のように似通ったり、かと思えば天と地ほど離れた世界を書き上げたり。
たかがエロ小説の世界、だが、そこにも人を寄せ付ける魅力があるのだ。


富士ノ原中央2番地にある“340”、私は好きだ。
コーヒーを飲み時を過ごす場所は全国に山ほどある。
喫茶室でなくてもいくらでもコーヒーを出す場所はあるし、
喫茶室も他にいくらでもあるのだ。
だが・・・  自ら選び探し来たとは言い切れないまでも、それでも、
偶々立ち寄った店でそのまま通うようになった“340”という店。
私はすぐ隣で過ごす男性がどんな作品を書いているのかを知らない。
特に覗き見るつもりもない。
だがどこかで思っている、彼も“340”という店の客であると言うこと。
彼が私の存在を知らなくても、またそんな事にまったく興味が無くてもそれでいい。
ただ気まぐれに偶然立ち寄っただけかもしれないし、何より、
私自身が偶然に導かれたのだろうから。

今、彼は書き上げたみたいだ。まだこっちは序章に入ったばかり。
前回はこちらの方が先だった。
不思議と彼が書き上げるタイミングと私のタイミングは似ていて、
また違う彼、彼の作品がテーブル上に上がる時、不思議と私の作品も上がっている。
“340”のマスターは気まぐれで人任せで何ともやる気がない。
まぁ、そんなところもまた常連たちがここに集まっている理由なのかもしれない。

今日もまた“340”に顔を出し、そしてそれぞれ帰って行く。
あの人にまた会うだろうか。またこの店の普通のコーヒーを飲みに・・・






テーマ : 読み切り短編官能小説(リアル系)
ジャンル : アダルト

tag : アダルト小説官能作家ジャンルFC2作品現場

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