「フェロモン」
「驚きました・・・」
目の前に座ったその男の口からこぼれ出した言葉。
薄々感じていたとは言え、史奈には受け入れる事の出来ない言葉だった。
目の前に座るその男は大学の研修室で“香り”について研究している第一人者だった。
特に専門分野は“フェロモン研究”
史奈。
現在大学4年生で、既に数社の内定をもらっている。
成績は優秀で、何より真面目な性格。言われたテーマもしっかりと習得できる人物。
丁寧な挨拶と振る舞い、そして物事を正確に見極める能力も高い。
そんな史奈にとって唯一、そして最大のウイークポイントは・・・
“人ごみ・閉所・狭所・高温・緊張・水分・異性”
これらを避けなければならない事こそが唯一にして最大のウイークポイントだった。
その為に毎週メンタルトレーニングに時間を使い、そして、ここ数か月の間、
月に数回の頻度でこの自分の大学でない他校に通っているのだ。
勉強でも就職活動でもなく、ここで行われているのは“史奈の”研究・分析だった。
では、なぜ史奈はここに来る事になったのか・・・
現在大学4年生の史奈だが、史奈には大変な過去があった。
この年齢にして、過去に5回もレイプ被害にあっている。
これは実際に被害として立件した物の数で、実際の未遂や痴漢行為などは数知れない。
史奈はどんな女の子なのか?
子供の頃から大人しく、けっして自分から人前に出る様な子供では無かったし、
目立つ服装もしなければ、自分から男性に近づく事もない。
そんな史奈が苦しみ始めたのは初潮を迎えてしばらく経ってからだった。
まだまだ周りの男子が子供の様に感じられる時代から“大人からの”被害にあっていた。
最初の被害は中学入学前だった。
近所に住む中年の男に家の中に連れ込まれて悪戯された。
史奈は意図せず、中学に上がる前に女にされてしまったのだ。
その事は大変なショックだったし、もちろん行動にも注意するようになった。
しかし中1の夏には部活の先輩高校生に2回目のレイプにあってしまう。
本当に傍から見れば地味で目立たない高校生なのに。
さらに中3の春、塾の講師にレイプされてしまう。
もう、自分がどんなに努力しても“どうにもならない”と史奈は絶望した。
人間不信・男性不信となり、学校へは授業だけ、家に引きこもる日々が多くなった。
一部のこの件を知る関係者や警察の人間にも史奈の側に“非があるのでは?”と疑われる。
なぜ自分ばかり痴漢・レイプにあうのか、何も分からないままだった。
高校に上がる。
一人になる事を避け、余計な場所・知らない場所には行かなかった・・・
しかし、相手から史奈の方にやって来る。
高2の梅雨時、親戚で不幸があり訪れた親戚宅で叔父さんにレイプされた。
既にこの時には両親を含めてノイローゼ気味になっていた。
どうしてこんなにも自分の娘ばかりがレイプ被害にあうのか。
これらは“大きな事件”だが、その間にも電車・バスに乗れば痴漢され、
学校や学校帰りにも痴漢未遂・痴漢・レイプ未遂は何度もあった。
そして最後のレイプ被害は就職活動を始めた大学3年生の時。
大学に入ってからも部活・サークルには入らず、人(異性)との接触は避けた。
しかし、どうしても就職活動だけは避けて通れない。
そして、史奈がどんなに気を付けてもそれは避けられない・・・
訪問先の人事担当者にレイプされた。
見知らぬ異性と部屋の中で二人っきりになる事は避けられず、配慮も求められない。
もう史奈の中では諦めもあり、“これも就職活動として避けられない”
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
そんな苦しい状況を続けていたある日、母親の友人に紹介され今の大学を訪れた。
それまでも色々な相談窓口には足を運んだが、どこも好転へとはならなかった。
3ヶ月以上に渡り汗の採取や体調・感情のチェックなどが行われた。
わざと狭い部屋に研究室の大学生と二人きりにされたり、
サウナスーツを着ての激しい運動、5人の男子大学生に囲まれ10分過ごす・・・
史奈にはどれも最高に苦しいものばかりだった。
データに関係なく、研究に参加した男子大学生の中にも反応が顕著だった。
室長はそのあまりに極端に表れる状況に驚いた。
その事は心配した室長が自ら史奈を駅まで送るところからも容易に分かる。
史奈の実験に参加後の男子大学生の変化がそれほどだったと言う事。
日頃は汗を抑え、狭い場所に行かず、男性の近くにも行かない。
それなにの被害にあって来た。
その史奈が激しく緊張し男たちの前で多量の汗をかいた時・・・
どれだけその威力が凄まじいものなのか。
「驚きました・・・」
室長は続ける、
「「この手の研究はサンプル数がネックですが、現在までのデータと、
私たちが今まで積み重ねてきたデータを元にして数値化したなら・・・
・・・
史奈さん、あなたは100万人に一人というレベルの強力なフェロモンの持ち主です。
つまり、大都市の中に一人だけ存在すると言うレベルなのです。
例えば大都市に100万人でも凄い事ですが、100万人の中には非対象者もいます。
男性・子供・老人・性的能力のない人・・・
それを除くと考えれば、この日本の中に数人しか存在しないであろうレベルなのです。
フェロモンは珍しいものではありませんが、その質とチカラが比にならないんです。
先日のテストでも恐ろしい結果でした。
先日行ったフルーツテスト、あの結果は異常でした・・・
事前に10種類のフルーツを好きな順に書いてもらうアンケートをとります。
本番のテストではその中で5種類に向かってもらいます。
本番で使ったのはリンゴ・オレンジ・バナナ・ブドウ・パイナップルでした。
これらが一つずつ狭い部屋に置かれ、その部屋の中で1分間近く嗅いでもらいます。
控室に戻って緑茶・コーヒー・緑茶と口に含み5分間休憩。
そして次にフルーツと繰り返し、それを5品やるわけです。
最後に今食べたい順番をアンケートに記入して頂くというものです。
事前にダミーのフルーツを含んだ10種類をランキングしてもらっている訳ですが、
このテストの終了後10分おいて、先程嗅いでもらった5種類をランキングしてもらう。
ここでポイントは、1位に来るフルーツではないのです。
10種類アンケートで下位に来たフルーツ、5段階法で下から2番目にあるフルーツ、
それに史奈さんの汗から抽出してさらに培養した物質を表面に塗っています。
この物質自体には匂いは無いので、視覚にも嗅覚にも本人の自覚がありません。
しかし、これに反応したサンプル(人)は2位や3位、場合によっては1位に、
本来嫌いだったり興味が無かったりしたものを上位に選んでしまうんです。
このテストの結果があまりに予想を超えていたので、3セットやったんです。
10人のテストを3回。つまり30人です。
順位の上昇率を見ると、1回目8割、2回目7割、3回目9割です。
興味深かったのは、2回目のテストには体調が悪い(風邪気味)の者が2名いた。
そして1回目と3回目で選択しなかった1名ずつは、異性に興味を持たない人だった。
つまり逆算すると、大半の男子学生は史奈さんのフェロモンに影響を受けた可能性を持つ。
100万人の例えは史奈さん側の存在確率ですが、問題なのはその逆側、
つまり、フェロモンを出す側の人数よりもそれに反応する人数であり確率なんです。
数十人程度のサンプルでは学説としては話になりませんが、
私が過去に行ってきた色々なサンプル調査の中でも、これは強烈な結果です。
動物や昆虫が同じ類のオスに対して影響力を持つものとされるフェロモンですが、
観念や常識、そして趣向に自由な現代を生きる人間がこんなに強く影響を受ける・・・
これは本当に凄い結果です。
多くの科学者が興味を持つものだと思います」」
室長の熱の入った話だった。
しかし史奈にとっては、“自分が特別”と言う事がはっきりしただけで、
それは何の解決にもならず、まったく救われるものではない。
病気ならば、病名が分かればそれに対処する方法にも有効だろう・・・
しかし史奈は、もう既に出来る事をやって来た。
願う先は“それ”が放出されない体しかない。
史奈はそこへのアプローチを室長に求めた。
「一つ考えた事があるんですが・・・ えぇ・・・ と・・・」
室長は言い難そうにする。
史奈は「遠慮しないで言って下さい!」と、その後を催促した。
すると椅子を座りなおした室長は始めた。
「「えっと・・・
史奈さんに変化が起きたのは生理が始まってからですよね?!
まぁフェロモンの意味合いもオスに対するものですから・・・
でね、史奈さんは今まで、そしてこれからしばらくの間はオスを引き寄せる年齢です。
そこに群がって来た者に嫌な思いをさせられて来た経験をお持ちですしね。
でもね、そこでオス(異性)を受け入れなかった事で、
メスとしての能力が抑えられないままになっている可能性もあるのでは?!
私はそう考えてみたんです。
史奈さんが男性不信になったのは無理もないし、それは仕方ない事です。
しかしその事がこれからしばらくの間、まだまだ史奈さんを苦しめるとしたら・・・
逆にね、男性を受け入れてみる。つまりお付き合いされてはどうでしょうか?
勿論、今更すぐに誰かを好きになれなど難しいとは思うんですがね、
“愛する”って事で、そこに少し変化が出る気がするんです・・・」」
史奈は困った顔をしていた。
室長の言っている事が理解できないのではない。
“だからどうすればいいのか?”、それが分からないのだ。
史奈のその顔から察した室長は、先に切り出した。
「私は心理の方は専門外なんだけど、私の知っている生徒にとても詳しい人間がいて・・」
史奈はここまで時間を共にし、今となって自分を一番知っているこの目の前の男に、
自分の全てを委ねる事にした。
後日、室長直々にその大学生を紹介された。
特別に心理を研究しているわけではないが、人当たりが良く、とても清潔感のある人物で、
年下でありながら受け入れやすかった。
史奈は何となく室長の意図を感じ、余計な詮索を抑え、年下の彼に従った。
その彼は史奈の事を聞いているわけだし、史奈に対して空気の様に水の様に接した。
初めてこんなに近くに異性といられる、とても不思議な感覚を得ていた。
ある時デート中にデパートの混み合うエレベーターに乗り込んだ。
久しぶりに忘れていたはずの緊張がやって来て、一瞬にして汗が吹き出し、
乗り込んでいた若い男たちの視線が集まって、史奈は壊れそうになった。
その時、その彼はずっと史奈の手を握っていてくれた・・・
最上階で扉が開いた瞬間に倒れ込みそうになった史奈を彼は抱きしめた。
史奈は一瞬反応してしまうが、彼の“ごめん!!”という言葉に、
逆に冷静さを取り戻し、「あっ、ありがとう・・・」と抱きついた。
階段横の人気のないスペースで優しく抱きしめられた史奈。
初めて男の人の胸元にいる事に幸せというものを感じた瞬間だった。
自分の中に知らない物が溢れて来て、雲の上にいる様だった。
史奈は彼に抱かれた。
自分自身を縛り付けていた悲しい過去。そしてそれを彼に知られる事・・・
しかし彼は全て受入れ、史奈は彼に委ねた。
彼は知らなかった“異性”を教えてくれ、史奈は女である自分を初めて受け入れた。
彼に抱かれる度に女になる。しかしそれは彼の為の女。
研究室への通いは一区切りとなった。
それは大幅に数値が落ちたと判断した室長の意向。
今も時々痴漢にあい、男たちの視線を受ける事がある。
しかし史奈は落ち着いた。頭の中が真っ白になってしまうのでなく、
瞳を閉じて彼の事を想う・・・
自分は彼の為の女。彼だけの女。
その暗示こそが彼女のフェロモンを抑える。
室長が任せた男子大学生。
彼はフルーツテストで史奈に反応しなかった男だ。
女性に興味など持たなかった男。
でも、今は違う。
室長は彼の心に史奈が合うと確信していたのだろう・・・
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