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「看護師さんを好きになること」





「でもまぁ退院出来て良かったよ。一時は本当にどうなるかと思ったぞ!」(父)
「お母さんもさすがに今回は心配した。優斗が帰れた事が本当に嬉しい!」(母)
まだ完全に体調が戻ったわけじゃないし、傷跡は痛々しいまま。
でも父と母が言う通り、周りにとても心配させた事は確かだね。
少しずつ体調が回復して退院し、こうして自分の家に戻って来ることも出来た。
大変な思いをして、とても辛かったはずなのに・・・
でもボクは・・・  この言葉にならない寂しさって・・・


高校受験を直前に控えたクリスマス前、ボクはひどい体調不良が続き病院に行った。
子供の頃から病気がちで、その時もかかりつけのお医者さんに行ったんだけど、
“うちでは検査できない”と言われて紹介状を書いてもらい、大学病院に送られた。
1週間にわたって検査の毎日を送り、そして年末を目前にして入院になってしまって。
受験の事もあるし、体調不良の上に検査続きのクリスマス、そして年末なのに・・・
年末年始は大学病院も余計な仕事はしないみたいだったけど、“緊急性”があるようで、
ボクは年末、それも30日に手術が決まった。
消化器系の病気なんだけど、ボクの年齢では比較的珍しい病気の様で、
検査も、その結果を見る先生もすごく慎重なのが分かった。
色々な先生が入れ替わり立ち代わりボクの検査結果を見て難しい顔をして・・・
本人的にはすごく痛いとかじゃなかったから切迫感がなかったんだけど、
先生たちはみな“緊急性がある”と言うから、両親も本当に心配してたみたい。
当初は手術前入院を含めて3週間ぐらいで退院できる予定だったのに、
手術時間は8時間を超え、術後経過も悪く、結局は2ヶ月に近く入院してしまった。

ボクの入院した病棟(5F)は消化器疾患の患者さんばかりだったんだけど、
まわりはみんなおじさんやおじいさんばかり。違う病室もおばさんとおばあさん。
患者さんも病院の人も、中学生男子がここにパジャマを着ているのが珍しそうだった。
ちょっと迷惑なほど声を掛けられて、元々あまり会話が得意じゃないボクには辛い。
何より手術直後は本当に辛くて、余計な人から声を掛けられるとイライラしてた。
そんな時・・・  思い出してしまって。
美咲さんの事、そして愛衣さんの事も。そうだ、未来ちゃんの事もだ。
今日もあの時の様に白衣を着て病室を回ってるのかなぁ・・・って。

美咲さん。今でこそ・・・  最初は・・・
なんか・・・  特別な人になってしまった。ボクみたいな男は弟にも思われないな。
愛衣さんは一番話せた気がするし、色々と気を紛らせてくれて。面倒見のいいお姉ちゃん。
未来ちゃんは・・・  もちろんボクより年上だけど、危なっかしくて・・・
本当に点滴の交換で痛い思いしたし、何回も怖い思いした(笑)
でも、ボクよりお姉ちゃんなんだけど、なんか可愛い感じだった。
誰だっけ、アイドルに似てて美人なんだけど、必死過ぎておかしかった。
美咲さんは20代後半みたいで、綺麗な人だなぁって感じ。
でも、冷たいって言うか少し怖くて・・・
それが変わって行って、最後には特別な人になってた気がする。
わかんないよぉ。ボクが知らないうちにボクの事を知ってて、辛い時にはいてくれて・・・
愛衣さんや未来ちゃんみたいな優しい言葉や笑顔なんてないのに、
美咲さんに触れられるとなぜか落ち着いて楽になる。安心できるんだ。
そんな事に気が付いたの、もう退院する間際で。自分が情けなくて。
愛衣さんは真っ黒な髪と大きめのメガネがトレードマークの・・・
なんか、アニメオタクの女の子とか、メイドさんとかにいそうな人。
でもいつもニコニコしてて明るくって、他の患者さんにもとても人気があった。
可愛いのかは微妙だな。でも、あんなお姉さんがいたら楽しいかもって思う。
時々頼んだ事忘れてるし、平気で“えぇ~ 面倒くさいなぁ~”って言ったり(笑)
美咲さんとは真逆で、楽天的って言うか合理的って言うか。でも楽しい人。
未来ちゃん。研修中の看護師さんで、なんかまだ高校生みたいだった。
でも必死で、いつでも一生懸命やってくれるんだけど、少し不器用なのかも。
美咲さんを尊敬してるみたいだった。

本当に心配をかけた両親には申し訳ないけど、今、ボクはこの3人の事で頭がいっぱい。
だって、クリスマスは特に予定がなかったけど、受験の事、年末年始も台無し、
そして手術後もなかなか良くならなくて辛かった。
そんなボクの病院生活を少しだけ、ううん、とっても色づけてくれたのは3人。
病院の生活は平坦で長くて、ストレスだけが溜まって行って・・・
でも、朝一の検温とか回診の時とか、食事の前後とか・・・ 就寝前後とか、
消灯後の巡回や点滴交換や血圧測定、3人がいるだけでプラスの気持ちにしてくれる。
最初は美咲さんの事、少し怖かった。応対が冷たい人だなぁと思った。
でも、ボクが子供だったんだよね。ちゃんと見てくれてて、必要な事をちゃんとネ。
好き嫌いが多いボクに、美咲さんは少し怖い顔してた。
でも、後で分かった。先生から点滴が長引いてる理由を母さんが説明されてたから。
まわりのおじさんたちに丁寧な言葉なのに、“なんでボクだけ?”とか思ってた。
でも、もっと近い距離で、弟の様に見てくれてたんだね。
綺麗な人は笑ってないだけで冷たく見えたりして・・・
美咲さんは仕事が完璧だし、患者さんや他の看護師さんとふざけたりしないし、
だから、とても遠く感じたんだ。

愛衣さんは入院直後から何でも話せて、人見知りのボクでもすぐに打ち解ける事ができた。
師長さんが来ると逃げて行くのが面白かった。愛衣さんはキャラがいい。
ボクが冗談で悪口言うと、“点滴、速くするからね!”って言ってきて・・・(笑)
帰って行く歩き方や後姿で笑わせてくれたね。ピンクのボールペンが可愛い。
髪を束ねるゴムとかクリップとか、いちいちキャラ物なんだよねぇ。
未来ちゃんは頑張ってるかなぁ・・・  辛い思いしてるのかなぁ・・・
お姉さんなのに、“あんな妹が欲しいなぁ”と思わせるような人だった。
まだ年が近いような感じがして、直接触れられるのが少し恥ずかしかった。
パジャマの交換で点滴を通す時に、すごく顔が近づいた事があって、
可愛い人だとは思ってたけど、あんなに近くで見ちゃうと照れくさくて・・・
肌とか仕草とかも、言葉もかなぁ、まだ高校生の女の子みたいだから。
患者の方が心配になってたよ。中学生のボクに心配させて。
でも、きっといつか、美咲さんみたいな看護師さんになるのかなぁ・・・
それとも愛衣さん?(笑)
3人とも好きだよ、ボクは。

もう退院が近くなった頃、ボクが眠れずにラウンジに座っていると、
美咲さんが巡回からナースステーションに戻って来たところで・・・
人の噂で美咲さんが春に病院を退職するって聞いた後だった。
そして・・・
少しずつボクの中で誤解が解けて、ううん、違う、
ボクがやっと美咲さんを少しずつでも理解出来るようになって来た所だったので、
あの深夜のラウンジで、ボクは複雑な目で美咲さんを見ていたのだと思う。
だから?  美咲さん、いつもと違ってた。
廊下からこっちに向かって来てボクを見つけ、まだ距離があるのに、
「どうしたの? 眠れないの?!」、微笑んで言ってくれた。
本当にドキッとしたんだ。
きっと美咲さんの笑顔を一回も見ていないわけはないはずだけど、
あれより前の美咲さんの笑顔を知らない。どうしても思い出せない。
いつもの冷たい手際よさみたいなのじゃなくて、なんか熱のある感じで来たんだ。
そして隣に座ってくれた。
「少し偏食直ったね。痛み、楽になった?  男の子なんだからしっかりして!」
笑顔だった。
色々な理屈や記憶も消えて、あの瞬間だけで美咲さんの大ファンになった。

何回あったかなぁ、あれから。
片方が解ければもう片方も同じ。夜中に二人だけで話せた美咲さんは表情をくれた。
「今日は疲れたよぉ~!!」と、勢いよくボクの横に倒れ込んだり、
「お腹空いたぁ~」 「眠いよぉ~」 ・・・
それまで、そして昼間に見せてくれない表情を溢れる様に見せてくれた。
ボクの存在は水や空気のようなものなのかなぁ・・・
相手が誰かなんて関係なくて、ただ吐息を大きく気にせずに吐いただけなのかなぁ・・・
今までの完璧な看護師さんだった美咲さんの、きっと“普通の”人間味なのに。
何か似たような想いがあった様な気がして引っ掛かっていた。
でも、すぐに思い出した。
小学3年生の時の担任の先生が大好きで、その先生も・・・
うん、綺麗で完璧主義者だった気がする。
そんな先生が運動会の片付けの後に、椅子に倒れ込んで“疲れたぁ~”と笑った。
普段冷たい感じに受け取っていた先生がボクの横で笑顔を見せて・・・
そうだ、あの先生もあのあと産休で職場から離れたんだ。


もう退院間際の夜だった。
深夜の病室の巡回でも、人によっては血圧や体温もはかる。
でもボクは、もう既にその必要が無くなっていた。
美咲さんも当直メンバーだったが、その日のボクの部屋は別の担当で、
その人の巡回が終わった。深夜に眠れない癖がついていたので、
もう病室に懐中電灯が入って来るところでわかる。
さっきラウンジには行ってしまったし、美咲さんには会えなかった。
我慢して病室のカーテンに時々あたるクルマのライトを見ていた。
入院中の苦しみは、痛みの次に眠れない事。贅沢な事だけど・・・
しばらくして、また懐中電灯の光が入って来た。
体調の悪い人がいればこまめにチェックに来るし、ナースコールもある。
でも、みんな安定しているし、コールを押すような物音もしていない。
何だろう? 
不思議に思っていると、ライトは窓側のボクの方にやって来た。
カーテンが開いた。
小声で、「血圧はかるね。あと体温も」、体温計も渡された。
指先の酸素チェックのクリップまで・・・
美咲さんだ!
“なんでですか?”と言いかけた時、「しっ!」と小声で口に人差し指をあてた。
普通に血圧を測り、体温計を受け取る。
クリップを見ながら、「問題ないね(酸素量)」と静かに言った。

少しの沈黙の後、ボクは異変に気が付いた。
美咲さんはボクの手を握っている。普通に握手するように・・・
そしてさらに数秒そのままの時間が続き、さらに包むようにもう一つの手をあてた。
ボクは何も声を出さなかった(出せなかった)が、美咲さんも言葉ないまま。
静かにボクを見つめいている様に見える。微笑んでいる。
でもその微笑みはラウンジでの微笑みとは違う、後に涙になりそうなと言うか・・・
長く感じた。
そして美咲さんは静かに頷いた様に見えた。そのまま静かに部屋を出て。

それが美咲さんとの最後の記憶。
シフトだったのか、それとも有給休暇とか・・・
退院までの二日半会わないまま、ボクは家に戻った。
本当は愛衣さん・未来ちゃんに聞きたかった。聞けたはず。
でも、勇気がなくて・・・
美咲さんの事を好きになってて、大好きになって憧れて。
正直、ボクにはあの夜の意味が分からない。もっと大人になればわかるだろうか・・・
“入院なんて二度としたくない!”って言わなきゃいけないんだけど、
でも、言えないんだ。
愛衣さんが環境を作ってくれて、未来ちゃんは一生懸命さを見せてくれて、
それで・・・

おそらく一生消えないと思う。
だって、あのままじゃ綺麗過ぎるよ記憶が。美咲さんずるい。
まだ人の事も女性の事も何も分からないボクを相手にずるいよ。
何だったのあれは? どんな意味なの?!




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(プラトニック 医療従事者 お姉さん 年上女性 メモリアル)



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