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「夏の女神は突然に」





僕らの十代の夏、スコールのように駆け抜けて行った想い出・・・



社会人デビューした僕らにも、やっとネクタイが似合う様になってきた。
今でも両親は僕の事を一人前には思っていないけど。
会社帰りに久しぶりに一緒に飲んだテツとジュン。

テツ。正式名称は川原哲也。のんびりしてて悪事が嫌いで・・・
良い奴。今はアパレル系の会社で仕入れの仕事をしている。
ジュン。正式名称は橋本淳也。要領が良いかな。
少し悪戯好きで、今は居酒屋の店長をしている。
そして自分(ヒロ)。正式名称は・・・ 浩哉。少し優柔不断で意志が弱いタイプかも。
業務用冷蔵庫の営業職で日々苦戦している普通の男。だと思う。
僕らは偶然にもって言うか、全員名前の最後に“ヤ”が付く3人組。
まぁ元々、それがきっかけで仲良くなったんだけど。
テツとは中学が一緒だったけど同じクラスになった事がなくて、
結局はジュンも合流してからの高校時代の友達。親友ってことで。

高校時代の僕たちは本当に毎日一緒にいて、休日まで一緒に過ごしてた。
そんな僕たちは二年生の夏休みの3週間、
テツの祖父母が経営する海辺の民宿にお世話になった。
さすがに忙しい夏の民宿にただお世話になる訳には行かないので、
一応、“お手伝いをしに”という大義名分を使っていたけど・・・
お手伝いなんて、本当に最低限の事しかしてなかった。
僕たちは沢山遊ばせてもらった。
特に、最初は勇気がなくて地元の子供たちを横目に見て怖がっていた“度胸試し”
要は、高い岩場から海の中に飛び込む遊び、それに夢中になった。
帰る頃には地元の子供たちに負けないぐらいになっていたし。
また、沢山の岩場や海で遊びまくった。
僕たちは年齢にして幼いと言うか素直と言うか・・・
地元の子供たちと遊んでいて全く違和感を感じないし、ほとんど小学生なみだ。
マセた中学生なんかを見ると、僕たちより大人に感じるぐらいだった。
それでも毎日が楽しくて楽しくて仕方なかった日々は今でも宝物。

久しぶりに集まった僕たちは・・・
いや、しょっちゅう会ってるか。
まぁ、毎日会う事が当たり前だったあの時期からすれば、という事で。
相変わらずあの夏の話をしている。
本当に目を輝かせて毎日を送っていた日々だった。
そして必ず最後には出る話で、だけどその話が出ると静かになる話がある。
テツは別にして、僕とジュンは。
僕は甘酸っぱい想い出と思っているところがあって、
ジュンはほろ苦い想い出と思っているようだ。
現実にはお互いがその詳細を知らないのだが・・・
その話を持ち出すのはいつも他人事で興味本位のテツだ。

“お前たちさぁ・・・”
必ずその言葉で始まる。いつも同じ口調、そして同じタイミング。
テツは良い奴だけど、その話をする時だけは悪い奴の顔に見える。


3週間。最初の1週間はあっと言う間に過ぎたし、
毎日出会う人・場所・物、何もかも新鮮で興味だけで生きている感じだった。
でも、その一週間が終わると少しテンションが下がったのはみんな感じていた。
そんな時だったんだ、女神が現れたのは・・・
“女神”
僕たちがそう呼んでいる女の子の事。
偶然にも学年は一緒で、近くの別荘に来ていた女の子だった。
彼女の正式名称はマリア。
でも、誰もどんな字を書くのか知らない。音だけの“マリア”
名前通りなのか、顔は完全な外人顔で、それも西洋人。
髪は金髪ではないけど、ブラウンって言うのかなぁ・・・
あの頃の幼い僕らにとって“異人さん”に見えている訳だし、
彼女の口からは僕たちよりも正確で綺麗な日本語が出ているのに、
最初は不思議で不思議で仕方なかった。
でも、良くも悪くも僕らは素直で、一週間あればすぐに打ち解けていた。

あの年頃の女性だからなのか、それとも文化的影響なのか、
僕らにとって彼女は途方もなく大人に見えていた。
高校生になっても彼女どころか外で遊ぶことさえ楽しんでいた僕ら。
その前に突然現れた彼女は眩しくて。
特別な色の長い髪が綺麗だなぁと思った。
近くで見れば見るほど見た事のないような整ったパーツで出来た綺麗な顔。
話す事の一つ一つが正確で分かり易くて、でも難しくて。
僕たちの後半2週間はその女神を交えた4人での楽しい時間に明け暮れた。
彼女も少しずつ変わって行った。
僕らに影響を受けたなんて思わないけど、なんか子供っぽい笑顔が増えて。
人って沢山笑うと性格も変わるかもしれない。そう思った。

たった一人でいる事の多かったマリアに理由を聞いた事がある。
そのマリアと言う名前の由来同様、彼女は自分の事を話したがらない。
沢山の僕たちが知らない事を知っているけど、そこに自分の事は挿まない。
確か兄弟はいないと言っていた。両親は忙しいとも。
学校での事を聞いても何も返事が返って来た覚えがない。
今になって思えば・・・
生まれや育ち、肌の色や顔かたち、あの年代の高校生は微妙な時期だったはず。
僕たちみたいないつまでも分かり易い人間がむしろ少数だったのかもしれない。
マリアはイジメられていたのかもしれない。孤立していたのかもしれない。
同じ年にして子供のような僕たちでさえ、一緒にいる事が楽しそうだったから。
人が羨むであろうあんなに綺麗な顔をしていても・・・


「おい、もう教えろよ! 時効にしてやるからさぁ。何があったんだよ。言ってみぃ?」
テツは半笑いでジュンと僕に聞いてくる。
そんな時だけテツが僕たちより優位に立った言い方で・・・
僕とジュンは必ず目を合わせてしまう。それも毎度同じタイミングかもしれない。
そして必ずジュンが先に言葉を出す。
「何もないよ。無かったの! 残念だけど。時間がもう少しあればねぇ・・・」
そのセリフすらいつも同じだと思う。
まぁ、僕もジュンの事は言えず、いつも同じ言い方をしている気がする。
「何も無かったよ。マリアは3人の友達だって、彼女自身が言ってたろ!」
いつもそんな誤魔化すような物言いしか出来ない。

言うまでもないけど、間違いなく3人ともマリアの事が好きだった。
幼過ぎる高校生ではあったけど、僕らも異性をちゃんと気にする年頃だ。
ただ正直、何も具体的な事なんて知らなかったしやっぱり中学生レベルだったかな。
好きな女の子がいたとして、それをどうすれば良いのか。
女神(マリア)が現れるまではそんな事なんて現実味がなかったし・・・
突然現れたその女神は僕らには住む世界が違うそのままだった。
だからきっと、マリアは僕たちに飾らない笑顔を見せてくれたんだと思う。

なんて綺麗事。
テツに言われても何も言えてない僕とジュンは・・・


3週間のうち、2日間だけテツが体調が悪くなり寝込んだ事があった。
もう週の終わりには帰ると言う時期が迫って来ていて・・・
僕らはテツを部屋に残したまま、マリアと遊びに行った。いつも通り。
仲良くなって来て一緒に入江で水遊びもする様になって、
マリアは水着を着る様になった。そして見せる様になった。
彼女には特別でない、でも僕たちには特別過ぎた真っ赤なビキニ。
下は短パンのような水着だったんだけど、その胸元が眩しくて。
マリアは痩せていたし、今から思えばきっと胸が大きかったわけじゃないと思うんだけど、
その頃の僕らは同じ年の女の子の、それも大人っぽい真っ赤なビキニ。
そして谷間のある胸元になんて免疫力がないし、僕らの表情は明らかに変わっていた。
マリアは人一倍相手を見ている。きっと見抜いている。
今までの楽しかった純粋な楽しい日々は、自分が迷っているそれと同様、
純粋な目から一瞬でも大人の男と同じいやらしさを感じてしまったのだろう・・・
彼女は同じように笑っていてくれた。
だけど、別れが近づいたある日にみせたあの悲しげな一瞬の表情は今も忘れない。

彼女はテツのいないその日、僕たちを一人ずつ岩場の陰に呼んだ。
先に水に入ったのはジュンだった。
マリアは僕に、“声を掛けるまで暫く待ってて”とそう言った。
一人になってしまった僕は、何だかおどおどして不安になるし・・・
何よりすぐ近くにいるはずの二人から何の声も聞こえないのだから。
物凄く長い時間を感じた。
「ヒロ! いいよっ、こっちに来て!!」
僕と入れ替わりに出て行ったジュンの表情は初めて見るものだった。
マリアは水の中にいた。僕を微笑んで待ってる。
年上の女性の様に優しく、でも、やっぱりその真っ赤なビキニは大人っぽくて。

「一週間ぐらい? 一緒に遊んでくれてありがとう。みんなと遊べて楽しかった・・・
ずっと笑ってなかったの私。まぁ、色々とあってね。
でもスッキリした。きっとここでの夏休みを忘れる事はないと思うよ。
・・・
何か照れるなぁ。色々してもらって何も出来ないけど・・・ 」
マリアはそう言ってそっと僕に抱き付きキスをして、
自分の背中に手を回してビキニの紐を弛めた。そして・・・
静かに僕の手をとって、それを自分の胸に近づけた。
僕はなんて馬鹿だったのだろう。そしてきっと彼女を傷つけてしまった。
緊張し過ぎて怖くなってしまった僕は、彼女の手を払いのけてしまったのだ。
“だっ、だめだよ・・・”
きっとそう言った気がするけど、正確には憶えていない。思い出せない。
どんなに彼女を傷つけただろう。その重さも意味も当時の僕には分からなかった。
まだ高校生の彼女がひと夏、それも1週間程度一緒に過ごした友達の為、
きっと彼女は勇気を出して僕たちへのお礼を必死にしようとした・・・
それなのに僕は、自分の怖さだけに潰されて彼女の気持ちに寄り添えなかった。
彼女だってきっととても怖かったはずだ。
必死に勇気を絞り出してやった友情への御返しのつもりのキスと・・・
それに対してあんな事をしてしまった自分の行為が、後になればなるほど、
年齢を重ねれば重ねるほどに痛みを増やしていた。

後半の彼女。特に水着を見せてからの彼女を見る僕たちの視線に、
彼女は何かを思い、何かを心に決め、そしてあの行動に出たのだと思う。
あの時は大人を感じた彼女のキスも、今になって思えば彼女自身も震えていた気がする。
それに、あんなに大人を求めて見ていた胸元も、
ほんの一瞬だけ目にしたその胸は心細くまだまだ幼くも見えた。
僕たちは勝手に彼女を大人と決めつけ、彼女に大人を求めてしまった。
大人の雑誌に載っている様なビキニ女性のそれと一緒にしてしまい、
彼女に身の丈以上の物を求めてしまっていたんだ。
ジュンが何をし、どんな振る舞いをしたのか、そしてどう感じたのか・・・
それは僕に分からない。お互いに細かい事は話せないままなのだから。
でも、あの時期に毎日一緒にいた僕たちだから分かり合う事もある。



今日もテツはマイペースで飲んでる。
そしてテツは僕とジュンが良い思いをしたのではと思い込んでいる。
同時に、女神に対して悪さをしたのではとも疑っている。
でも、テツは良かったんだ、あそこにいなくて。
こんなにほろ苦い部分を持たないまま、美しい女神だけを記憶に残しているんだから。

テツが復帰したその海には、もうマリアは来なかった。二度と。
最後にマリアと時を過ごしたのは僕たち二人だ、確かに。
でも、テツが寝込む前までのマリアのその笑顔と、あの日のマリアの顔は違っていた。
あの日のマリアは美しくも冷たい海を感じさせた。
テツが思い出すマリアは、ずっと暖かい海の様なマリアの笑顔なのだからそれの方がいい。
不安で悲しくも見えたあの美しい女性の顔はテツには見せたくない。
自分に付いたマリアという名前に翻弄されていたのかもしれない・・・
本人には直接言った事はないが、僕たちも“女神”と彼女につけてしまっていた。
周りが彼女に多く求める中、彼女はどこに自分を見い出せていたのだろう。
僕たちの前に突然に現れた女神は突然に去って行った。
沢山もらったのに・・・

きっとマリアは自分の女神を見つけている。そうであって欲しい。
“女神”と過ごした夏は永遠に3人の中に。





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