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「困り顔の天使」




「課長、今年の新人って可愛いらしいですねぇ?!」
うちの課の男性社員たちも、その手の情報には関心が強い様だ。
俺が話す事には無関心を決め込んだあの連中も、女性の後輩には興味津々。
そんな奴らを見ていると、自分が既婚者である事が寂しくも思う。
大切な女房よ、申し訳ない。


新潟支店に飛ばされ、静岡支店に回され本社に戻されて5年になる。
本社時代には既に係長職になっていて、静岡時代は課長代理の扱いだった。
静岡でモーレツに成績を出していたせいか、本社帰還時は栄転+課長昇進。
そのせいか、本社の他の管理職からは冷たい視線を受け、同期にまで避けられた。
元いた本社に帰りながら、相変わらずアウェイの状態が続いて・・・
ここ数年に身についた事と言えば、同僚管理職に頼らない事と、
寂しさを気にしない事こそが楽に生きる事と見つけたぐらいか・・・

2週間に渡っての人事部の教育研修が終わった新入社員。
それを配属先部署が引き取るのが今日。そして迎えに行くのが課長職。
人事部がこっちに連れて来るのが仕事に思うが、うちの会社は・・・
また、うちの会社はドライで、力のある部署から新人を獲得して行く。
残念ながらうちの課は力の弱い部署。これは俺のせいでなく、この課の歴史そのもの。
他の管理職たちと顔を合わせる場が大嫌いな俺だけど、
それにしても“格”がそのまま表れるこんな日は最大級にストレスの溜まる日だ。
偉そうな管理職の部署は、そこのメンバーも偉そうだし。
なぜか新人までデカい面してる奴が不思議に配属になる。
今年も例外なくその日が来てしまった。

第一会議室に行くと、既に満面の笑みで幅を利かせた課長級が顔を揃えていた。
部長や次長の隣で堂々と話してる神経が、そもそも苦手なんだ。
俺と同期の出世頭は、もう“将来の統括本部長”と言われている。
確かに既に次長、それも筆頭にいるので、もう確実なのかもしれない。
でも、階級的には一つしか違わないし、俺だって出世が遅いわけではない。
なのに奴と来たら、役員・部長連中の真ん中で大声でしゃべってやがる。
また、そういう奴に限って、俺を見つけて近づいて来やがる。

「おいっ! お前の所、カワイイ女の子配属になって良いなぁ。皆、羨んでるぞ!」
あいつはいつも通りイヤミたっぷりに言ってくる。
しかし不思議な事に、今年に限ってはそれほど関係のない課長連中までその事を・・・
冗談など言わない連中だから、本当にそうなのだろうか。
でも、どう考えてもうちの部署に優秀な人材が来るはずもないし、あり得ない。
俺は人事部の担当者が新人たちを連れてくるのを静かに待っていた。
その間にも数人、それも役員にまで声をかけられた。

こちらに大勢やって来た。
でも、どれがそこ子だか分からない。女性の採用人数はそうは多くないのだが、
それでも一目で分かるほど少なくもない。
何より、“カワイイ”のレベルなんてものは人それぞれなのだから。
何故うちの部署に??
そればかりが気になって仕方なかった。
すると後ろから声をかけられた。
「○○課長、彼女が今日から配属になる結城愛菜(マナ)さんです!」
人事部の若い男性から彼女の書類と一緒に渡された。紹介された。
驚いた。かわいい。確かに一目で分かる。そう、かわいいに間違いない。

彼女は自分から挨拶した。
「今日からお世話になります結城愛菜です! 宜しくお願いします」
何て言うのか、カワイイにも種類があると思うが、動物のような可愛さと言うか・・・
それも小動物的な感じではなく、レトリバーの様な?
ゆっくりした、そして甘い感じのしゃべり方。そして背が高い。
167と言っているが、パンプスの踵が高いタイプのせいか高く感じた。
こちらも簡単に自己紹介して、彼女を会場から部署に連れて行こうとした。すると・・・

「あー・・・ すみませ~ん。さっきの部屋にポーチ置いてきちゃったぁ~」
大声、そして眉毛をハの字になるほどに垂れ下げて申し訳なさそうな顔をした。
勿論仕方ないので、
「あぁ、ここで待ってるからとって来て」と言わざるを得ない。
しかし・・・
帰って来ない。20分以上経ったというのに帰って来ない。
もう新入社員の引き取りも全て終わり、会場内は無駄話の管理職だけが残っている状態。
「あれ? ○○課長、どうしました??  新入社員に逃げられた?!」
帰り際の管理職たちに笑われ・・・
そうしていると俺の携帯が鳴った。
「お疲れ様です営業3課の高井です。課長のところの新入社員の女性がこちらに・・・」
俺はそのまま営業3課の部屋に向かった。
階も違えばフロアも違う。俺が普段行く事が絶対にない場所。
そして俺の昔の失敗を知っている連中が数人いる場所。
よりによって、絶対に自分からは行きたくない場所に行ってくれた。

「おぉっ! ○○課長!! 珍しいぃ~」
フロアに入った瞬間、完全なるアウェイ感が充満している。
いたよいたよ。奥の壁の所に張り付いてる・・・
「〇〇課長、おたくの新人さん迷子になっちゃったって!」
それまたそこにいた営業部の次長が大声で言いやがって。
仕事中の連中も一斉に笑ってた。
あの子もあの子で、
「すみませ~ん! 本当にすみませ~ん!!」と声が大きく、お辞儀もデカイ。
早くこの場から逃げようと連れ出そうとしたら、彼女、コピー機のトレイにぶつかり、
思いきり割ってしまった・・・
やっと分かった。そうなのか、これがうちの部署に配属された理由なのかと。

兎に角頭を下げて、トレイの弁償代もうちの部署に請求してもらう様に手配して、
彼女が誰かにぶつからない様・忘れ物が無い様に注意し、その場から逃げた。
いや、去った。
久しぶりに大汗をかいた。サウナでも汗が出なくて悩んでいたが一変した。
本当に嫌~な汗、びっしょりになった。
彼女を課の人間に紹介して、彼女の世話役の女の子に彼女を預け、
俺は間髪いれず男子トイレに向かった。それも大便器の中に逃げ込んだ。
便意など全くないし、水分すら汗で飛んでしまった。
疲れたんだ。ただですら毎年嫌な思いをする日だと言うのに、今日はキツかった。
もう当分営業部には足を運べない。管理職連中にも会いたくない。
新人より、こっちの方が心が壊れた。


自分の課に戻った。自分の席に座った。
彼女がこっちに飛んできた、結城愛菜。その人。
そしてまた大きく眉毛が下がっている。申し訳ない顔をしている・・・
「先程は申し訳ありませんでした!」
いちいち声が大きいしアクションも大きいので、必ず視線を集めるタイプだ。
それにああやって来られてあの顔されると、ドキッとするわ!
トラウマになりそうだった。

ふと思った・・・
そうだ、彼女の世話役の女の子、結婚退職するんだ。彼女、その交代要員だ!
まずい、この課内の中心的役割が彼女に委ねられる事になる・・・
絶望だ。
パッと見はその優しい顔、そして柔らかそうな綺麗な髪。
こんな子がそばにいたなら幸せだろうなぁ~
そんな風に思わせる風貌なのに。
しかし彼女はそんなに甘くない。ある意味爆弾だ。しかもコントロールが効かない。
俺の本社勤務も5年で終わるか。まぁ、管理職連中にバカにされるよりもマシか。
俺はずっと彼女の顔を見ていた。一層彼女の眉は下がって行く・・・



それでも、何とか、どうにか半年が過ぎた。
俺は5キロ体重が減った。白髪も一気に増えた気がする。
彼女は・・・
今も困り顔。それは変わらずによく見せる。
でも、仕事での凡ミスなど皆無だし、周りの信頼も勝ち取った。
むしろ半年前の彼女の事が今の彼女に一致しないぐらいだ。
そして・・・
あれほど恐れ、ストレスにも感じた彼女の困り顔、実は・・・
今、俺はあの時の俺とは逆だ。
彼女の困り顔がかわいい。愛おしくて。
彼女は真っ黒で大きな瞳を見開いて俺を見る。話を聞いてくれる。

妻には申し訳ないが、一番大切な女性かもしれない。
勿論不倫相手などではない。彼女を包むほど大きい男でもないし。
でも、今暫くはこの子のそばにいたい。困り顔の天使の・・・





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