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「5月18日生まれ」





何故だろう。何故この日は消えないままなのだろう・・・



18:30。
目の前で向かい合わせて座り、黙々と仕事をしている部下二人を見ている私。
あと2.3時間は掛かるかなぁ・・・
週末金曜日だと言うのに、そして他の部署の明かりが消えて行く中で・・・
別に予定があるわけではない。
定時で家に帰ったところで、既に親離れしている子供たちは自分の部屋。
女房もテレビを観ながら最近買ったスマホでのLINEに夢中なよう。

真面目な部下だと思う。
私自身が仕事の出来るタイプでなく、年数だけで今のこの席にいると自負している。
そんな上司の下にいても、文句など言わずに真面目に仕事をしている連中だ。
今回部下が起こしたミスは初歩的なもので、まぁ凡ミスの部類。
でも、しっかり反省しているし、そして懸命にリベンジを試みている。
そんな彼らを見て過ごす時間を苦痛になど思っていない。
むしろ彼らの仕事をただ行動予定の書き込みや交通費申請の処理で時間を潰している、
そんな自分が申し訳ない様な気さえしている。
“彼らには自分たちでしっかり解決できる能力がある。そしてそれを待つのも私の仕事だ”
時折彼らを見ながら、そう自分に言い聞かせていた。


卓上カレンダーを睨んでいた・・・
“5月19日水曜日 「13:00 役員会議」”
そして月曜日に目をやれば、
“5月17日月曜日 「10:00 山城精機中央研究所」”
太字で書かれたその二日間を行ったり来たり・・・

前任者から引き継いだトラブルを抱えていた。
今彼らが目の前で向かい合っているような規模のトラブルでなく、
訴訟問題にもなりそうな規模のトラブルで、下手をすれば社運にも影響する。
私のミスでも私の所属する現部署(メンバー)のトラブルでもないが、
紛れもなく書類の発信部署は必ず今のこの部署の名前であり、
この件の処理を一任された役員と管轄部署で後任の私が渉外担当になっていた。
もう足掛け2年になろうとしている案件。
月曜日に事実上最後の説明(交渉)を先方で行う。役員・顧問弁護士・私。
そしてそこでの先方との交渉の流れを水曜日の役員会議で説明する。
奇跡的な先方の受け入れがなければ、もう大方交渉決裂は見えている・・・
本当に嫌な仕事だ。

きっと数分間卓上カレンダーを眺めていたと思う。
17日・19日。月間メモの中でも一際大きく太く書かれたその二日間を。
不意に18日に目が留まった。
“5月18日”
小さくも薄くも、平日には基本的に何かしらの予定が入っている日が多い。
しかし、その恐ろしいほどに黒く広がって見える二日間の真ん中には何もない。
“5月18日”

私は思い出した。
“そうだ、5月18日だ。(この日の前後には毎年それを想っている)”
自分がどんな状況にいても、それは楽しくても苦しい状況でも。
何故だかその“何でもない日”をずっと抱えて生きて来た。
誰にもと言うか、自分にも説明の出来ないその日を・・・
5月18日。
それはある女性、と言うか女の子の誕生日なのだが・・・
瑛美さん。名字も辿れば思い出せるが。
顔・・・
美人だったと思う。恥ずかしくて、面と向かって直視した記憶が・・・
綺麗と言うのか可愛いのか、でも、とても優しくて清潔感漂う人、それが顔にも溢れて。

私より一つ年上の女性。
最初に会ったのはまだ私が中学生の時だったし、最後の記憶も高校1年だったか・・・
きっと全部合計しても実際に会ったのは両手を必要としない回数。
二人だけで会った回数なら、片手を使い切れない。
電話は“デート”よりは少し多い記憶があるが、とても彼氏・彼女とは言えなかった。
それなのに何故だろう・・・
毎年緊張感を持ってメモ書きしている自分の女房、辛うじて子供。
過去に“大恋愛”とも言って言いほど印象の強かった彼女たちさえ、
もう正確な誕生日などはあやふやだ。
“この前後だったかなぁ・・・”とか、“あれっ、これは違う子か・・・”とか、
自分でも情けないが、見事にどれもあやふやな記憶になっている。

自分でもどうしても分からない。
なぜ彼女の誕生日だけが鮮明なのか。他のどの女性よりも一番遠い誕生日のはずなのに。
その女性は元々兄の知り合いだった女性。兄の彼女に近い存在にも見えてたけど・・・
私の5歳年上の兄が大学生だった時、知り合った直後に既に紹介された事がある。
兄の友人の妹で、その兄の友人も家に来た時に数回挨拶した記憶のある人だった。
最初は兄の彼女だと思っていたし、あきらかに兄の事が好きだったと思う。
私にとって大人に見える女性でも、兄に対してはまだまだ子供だったはずだから。
内向的で取り柄のない私に比べれば兄は遊んでいたし、少し人気もあった人。
兄を見ている瑛美さんを横から見ていた記憶、今も残っている。
その前後に兄は大学のサークルやバイト先で知り合った女性と遊んでいたから、
きっと瑛美さんとは正式な恋人には遠かったのかもしれない。

瑛美さんは真面目な人でお嬢様だった。
お嬢様と言っても特別なものでなく、まぁ私の家が普通、もしくはやや低かったせい。
でも、成績は勿論、県下ではナンバーワンのお嬢様校として有名な女子高で、
レベルこそ高かったが公立出身の兄、そして成績も評判もさらに下の私・・・
当時のセーラー服姿の彼女は“お嬢様”以外の何物でもなかった。
長い髪は結わいていて、真っ黒でツヤのあるカバンは汚れなくしかもしっかり膨らんで。
崩した生徒が元々少ない中にあっても、その中でも優等生的だったかもしれない。

年が一つ上だっただけでなく、彼女は落ち着いていたし受け止めてくれるタイプの人。
あの季節、あの年頃はただですら女性が大人に近く見える年頃だったが、
きっと大学生の兄から見ても、あの大きな優しさを持った彼女は魅力的だったと思う。
清潔感漂う人もいるし、真面目な人も綺麗な人もそれなりにいた。
でも、綺麗で可愛い事の前に、優しくて大きくてあたたかい女性・・・
後になって思えば、その全てが揃っている人は本当に少ないのかもしれない。
女房とは恋愛結婚で、それなりに美人だし、それなりに大きな女性に思えたから結婚した。
もちろん後悔なんてしていないし、きっと幸せな部類なんだと思う。
でも、あの時のあの瑛美さんは私の歴史の中に不思議なエアポケット的に・・・
初恋も片想いも恋愛も、そして溺愛も地獄もそれなりに見て来た。
なのにそんな女性たちの中で誕生日をはっきり言える女性は一人だけ。
一緒に祝った事さえないのに・・・

彼女などいなかった私に、兄が瑛美さんを回したようなところがある。
ある意味失礼な話だ。
遊んでいた兄にとって、純真な当時の名門高校生女子は重かったのかもしれない。
“遊び相手”とか、“悪い事の対象”みたいな考えを前にしていたなら。
でも不思議だし、そして複雑に思える事がある。
彼女がそれに従ったこと。
ボウリング程度のデートが精一杯だった。電話では少し話せていたかもしれないが。
私の初体験もそれより2年以上後になってからの事だったし・・・
私のつまらない話にも優しくあたたかく付き合ってくれた。電話でも声に笑顔を混ぜて。
会っていても、きっとつまらないであろう私との時間に嫌な顔を少しも見せない。
だからむしろ痛い。今になって思う程に、彼女の大きさを感じてしまうし。


彼女の学校はとても校則が厳しい学校だったので、学校や家の近所でデートは出来ない。
ボウリングと途中駅の駅ビルの屋上でデートした記憶がある。そして・・・
結果的に最後になったデート。その後に数度電話はしたかもしれないが。
“デート”なんて言葉が恥ずかしくなるほど何もなかった。
ただ色々と話すだけ。ただただ一緒にいる時間が過ぎるだけ。
何も特別な事などなく、好きとか、気持ちを言ったり聴いた事すらなかった。
聴く勇気なんて、きっとあの頃の自分に無かったのだろう。

最後となったデートだけは特別だったかもしれない。
お互いに制服のままだったが、それでも少し遠出して海に行った。
海とは言っても電車で30分多く乗っただけの漁師町みたいな・・・
寂しい駅だし、駅から海へと続く道も魚臭さと汚れたアスファルト、
閉まったシャッターが続くだけの人通りの少ない道。
やがて沢山の船が正面に見えてくる。船とは言っても漁船で、雰囲気もない。
どんな風に歩いたか・・・
隣で、それもきっと今それを見ればカップルとは言わない様な距離を空けていたと思う。
彼女の笑顔を少しだけ覚えているけど自分の記憶が曖昧で、
もしかすると少しどこかの方向に進もうと自分なりに秘めていたのかもしれない。
“どちらが海に誘ったのか”
彼女から何かをお願いされた記憶がない。私の話をいつも聴いていてくれた。
だから、やはり私が海に誘ったのだろう・・・

正面には沢山の漁船が係留されていて、そこは海らしくない。
私たちは左手に曲がって、右手に沢山の漁船を見ながらさらに奥を目指した。
その先に小さいながらも岬がある事を知っていて、勿論そこを目指したのだと思う。
そう、何か、そのあたりから急激に会話が減っていたような記憶もある。
恥ずかしい話だが、今から思えばその年齢的にも性的な目的を抱えていたのかもしれない。
高校生男子にとって“女性”は興味から逃れられないブラックボックスだったはず。
あんなに清楚で明るく優しく、その正しさに性的な部分など無縁にも思えるが、
きっとあの頃の私も例外でなく、瑛美さんまでもその対象として頭を支配されていたのか。
でも、本当に今でも思い出せない。
小学生・中学生と性に目覚めた少年は勿論女性をその興味で追いかける様になった。
事実、そんな記憶の線上に多くの女性が上がる。
クラスメイト・先生・アイドル・先輩・・・
しかし、どうしても記憶にない。
感情的に、今でも瑛美さんを思い出す度に“素敵なお姉さん”が浮かんで来る彼女に、
そう彼女に対し、私は本当に他の性的対象として見ていた女性たちと同じ扱いをしたのか、
それを考えると自分が愚かに見えてならないし、そして悲しく虚しい。
あんなに大きく、そして受け止めてくれた彼女を前に・・・


岬に辿り着いた私たちは何を話していたのか。何も覚えていない。
そしてその風景だけを鮮明に覚えている。本当に鮮明に・・・
誰もいない岩場の陰で、彼女はスカーフを外し、制服のファスナーを広げた。
そして今から思えばスリップ、それも純白の彼女その物の様な・・・
彼女が制服の上を脱ぎかけたそのシーンを鮮明に覚えている。
微かな記憶だが、私がそれ以前の電話のあたりから女性への興味を吐露していたのだろう。
そして岬の誰もいない場所にまで行って、きっと懇願したのだと思う。
“見せてほしい・・・”
今から思えば最高に恥ずかしい事をした。そして情けない。
私に都合よく、仮に自分の事を“弟の様に”見ていてくれていたとしても、
年上でありながらもきっとまだ初体験さえしていなかった彼女が私の為に・・・
恥ずかしさや戸惑いみたいな表情はあったかもしれないが、
彼女はまったく嫌な表情みたいなものを私に見せなかったと思う。
ほぼ間違いなく彼女は自分の中で、
私の事を恋愛対象として受け入れる事が出来ていなかったはずなのに。
そう思えてしまうほど、自分が恥ずかしくてどうしようもない。
そして、彼女の大きさの前に言葉も無くなってしまう・・・


帰りの道もおそらく会話は少なかったと思う。何の記憶も残っていない。
結果的に電話が最後になったのだと思うけど、“別れ話”みたいな終わりがあったのか、
どんな会話が最後の話だったのか、それすらも思い出せない。
今になって思えば、今だからこそ、あの頃の私は本当に幼かった。
そして彼女はそんな自分とまったく違う宇宙にいる様に大きかった。
きっと真面目で経験のないはずの彼女にも戸惑いも緊張もあったはずだ。
だけど、男でありながらも一つ年下の少年の前ではお姉さんでいようとした。
きっと勇気がいたはず。ドキドキしていたと思う。
それなのになんと興味本位で曖昧な扱い、そしてそれを大切にする事もなく・・・
ごめんなさい。そして本当にありがとう。
もう届くはずもないのだけれど・・・

きっと彼女のこと、素敵な恋愛をして今頃は幸せな家庭の中にいると思う。
少しも疑わない。
きっと私の事、そしてそんな記憶が取り出される瞬間など存在しないだろう。
5月18日。
それは瑛美さんの誕生日であり、一度も一緒に過ごした事さえない日。
だけど何故か、そして一生忘れる事のない誕生日。
黙々と仕事をする部下たちを見ながら、私は不謹慎か・・・


でも良かった。
5月17日と5月19日がどんなに嫌な記憶になったとしても、この日は変わらない。
相手の中では何気ない一瞬であっても、私には財産だ。少し苦く酸っぱいけど・・・
数人の女性と関わりながらも、その人が幸せであって欲しいと願えるのは何人いるか。
瑛美さんに対し、ほんの一点の曇りなく幸せが願える自分がここにいる。
少し早いけど、誕生日おめでとう。
末永く幸せでありますように。
赤い丸印で・・・





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(プラトニック 年上女性 制服 バースデー 想い出)


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tag : 美人オフィス記憶憧れ年下メモリアル恋愛経験

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